ごとうゆうの本棚

ごとうゆうの本棚

本好きのごとうゆうが読んだ本の感想などを気まぐれに紹介していくブログ

ごとうと本のあれやこれ

今週のお題「読書の秋」

 

今日は初めてお題に挑戦してみようと思います。

 

世間では「読書の秋」というけれど、ごとうの場合は一年通して読書です。

と、いうわけで、今日はごとうにまつわる読書のあれこれ話をしたいと思います。

 

なぜ読書が好きになったのか

幼少期から読書が趣味だったごとう、その理由は

 

「失敗しないから」

 

運にも左右されずに、自分のペースで読めば間違いなく話が進んでいくし、本選びという点で失敗はあるけれど、選びさえすれば、読み進めること自体に失敗は生じないから。

昔、今より完璧主義をこじらせていたごとうにぴったりだったのです。

両親、特に母が読書好きということもあって家に本は沢山あって、読むものには困らなかったし、何かしら読んでいれば怒られることも、自分の世界やペースを邪魔されることもなかったので、一人が好きだったごとうはこれ幸いとばかりに絵本から大人向けの園芸書まで幅広く熱中していたのでした。

因みに好きな絵本は、「ゆかいなゆうびんやさん」と「ぐりとぐら」。

そんな消極的な理由から始まったごとうの読書人生に転機が訪れたのが小学生の時。

 

読書の原点

原点は、小学校のいつだったかはもう定かではありませんが母が何かの時にくれた、星新一の「きまぐれロボット」。皮肉とブラックジョークたっぷりの星作品の中でも分かりやすいものを厳選して編集された児童書にごとうはあっという間にとりこ。

母が昔から持っていた「ボッコちゃん」の文庫本に手を出して、大人の星ワールドに足を踏み入れてからは、書店で星氏の文庫本があればねだるようになっていき、小学校5年生の時に、学校の図書室でお飾りのように置かれていた、星新一ショートショート全集を当時の友人と一緒に読破。

 

もう一つの転機はコナン・ドイルのホームズシリーズ。

今までは視点が三人称の小説を読むことが多かったところに現れた、一人称小説。

思えば、「吾輩は猫である」などもちろん読んでいたものの、ワトソンがホームズの活躍の記録を皆に公表していく、というスタイルは当時のごとうの中で新鮮だったのを覚えている。当時の目に映ったホームズのカッコイイことといったら。こんな偏屈な人に自分が惹かれるなんてまさか思ってもみなかったりして。

 

高校時代

ここがピーク。本当にいろいろな本に出会って読み漁った。

村上春樹にハマったのも、伊坂幸太郎にハマったのも、石原千秋に感動したのもこの頃。評論も国語の先生に何冊も貸していただいていた。

(そんなに何冊も日々持っている先生も今思えばスゴイ)

読書ノートも割とまともにつけていたのに、破棄してしまっているのが残念なところ。

勉強そっちのけで本を読んでいた、幸せな時代。

自分史の中でもたぶん一番起伏があって楽しい時代だったと思う。若い。

 

もう大きな転機を済ませたし、安穏とした読書人生を歩んでいくと思ったら、また転機が。

子どもの頃は小説一辺倒で、ノンフィクション、エッセイが読めなかったのが、今やエッセイにドはまり。

(読書記録でお察しください。)

人生何があるか分からないのは読書も一緒だなと思っている。

 

年間100冊を一つの指標としていろいろな本に手を出していますが、読み方は普通にリラックスして、目を上下ではなく横にスライドさせて読んでいきます。

多少斜め読みでも構わないと思います。書いてあることが何となくわかれば。

ごとうは短期決戦型というか飽き性なので一冊を長期間かけて読むと挫折の原因となるのでなるべくまとまった時間を作って集中して読みます。

けれど、読み方は人それぞれなので、隙間時間にちょこっとずつというのももちろんいいと思います。隙間時間ずつの楽しみにできる本も紹介してきたつもりです。

 

私自身が大切にしていることは、

 

「気になったら読んでみる」

 

途中で挫折したって、買ったけど何か合わなそうだから結局積読になってしまったっていいと思います。

 (実はそうやって何冊か本棚の肥やしになっている本が私にもあります)

それでも、読んでみなければ素敵な出会いは訪れません。

百発百中で素敵な出会いになればいいけど残念ながら、という本は今の時代、簡単に他の誰かに渡すことが出来ます。他の誰かにとっては素敵な出会いになるかもしれない。

 

「楽しいか分からないからまたいつか」「まぁいいや」なんて言っていたら、今のご時世、本は簡単に絶版になります。その時、その本は手に入れたくても手に入らない存在になっているのです。

出版業界はかなり厳しい状況に立たされています。紙の本が、そもそも電子書籍を含めた本自体がこの世から姿を消したら。

本はあっても読みたい本が自由に読めない世の中になったら。

知りたいことを知ることが出来ない世の中になったら。

そうなったらもう今の世の中は取り戻せない。

 

本を読むということは、想像するということ。

秋の夜長に想像してみてください。

この記事を読んでくださった人が少しでも素敵な出会いに恵まれますように。